【デリバリング社長を辞任しました】~創業から代表交代までのSTORY~

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デリバリングに関するご報告です。

この度、2012年7月31日をもちまちして、
弊社、デリバリング株式会社の代表取締役を辞任しました。

8月1日からは、新代表、岩本亀吉(イワモトキヨシ)が就任します。

関係者のみなさま
デリバリングは新体制でご期待に添うべく努力してまいりますので
どうぞ今後ともよろしくお願い申し上げます。

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デリバリングのウェブサイトはこちら

デリバリングは、1冊から印刷、製本、1件から配送する代行サービスとして
2007年3月に当時住んでいた私の住居の片隅で創業しました。

創業時代は毎日バタバタとしていて、何もかもが手探り状態で
ひとつ作っては失敗し、またひとつ作っては失敗の連続。

家に置ける機械にも限界があり、梱包荷物も増える一方で
場所を確保するのが必死でした。

私と子供が寝る部屋以外はすべて材料置き場とパソコン、印刷機械に占領され
段取りが分からず夜遅くまで仕事をしながら、
何度パソコンと印刷機の横で朝をむかえたことか(笑)

なんとかご要望にお答えしようと頑張っていても空回りばかり。

体制も、管理も整っていないのでお客様には怒鳴られ、
働いてくださっている方も困惑されていたと思います。

経験も実績も無く、分からなければネットで調べたり、
知り合いの経営者の方から聞きながら、毎日考えて考えて決断しては失敗して、
怒られて、改善ルール決めをするという日々。

今思い出してもまともに寝た記憶がない時期でしたね。

「経験も無いし、ましてや女性がこういう事をやるには、絶対に無理だからやけておけ!」
という意見が多いなか、3年やって無理なら諦めようと自分を
自分で戒めながら踏ん張りながら少しずつ進んでいきました。

やがて働いてくださる人の数とパソコンの台数も増えてきて
家での限界をむかえ駅近くの事務所に移転。

事務所移転後、始めての大型機を購入するにもリースの予審が通らなくて、
何度も何度も書類を書き直すがおりない。。。

今思えば、そうりゃーそうよねという感じですが(^^;)
いくらなんでも実績の無い人にはリースは通らないよね。。

そこで考えた策なのが、(本当は自分が一番不安なんだけど)
リース会社には、堂々と自信マンマンに将来のビジョンを大きく語り、
商社の方には何とか通してほしいと懇願しまくって、
無理にでも通してもらいました。

これで、やっと量産体制がとれる環境を整えることに。

その次は管理体制!

毎日、印刷~製本~配送~という業務流れの後、
メール処理作業が何時間も掛かってしまっていました。

また、すべてのメールは手作業にてやっていたので、
作業の人の手の負担が大きくなってきていて、すでに限界越え状態。
遅ればせながら自社のシステムを構築しはじめました。

量産できる機械の導入、管理ができるシステムの導入、
これで地盤は整ったと思った次は、
人数が多くなってくると必ず出てくる人の問題!

経営とは、ビジネスの事だけを考えていれば良いというのではなく
むしろ人の事を一番先に考えないと結局はもとの状態にもどるか衰退
してしまうというのを痛いほど学びました。

若輩経営者の私にとっては、あらゆる方法を考えて実践をするわけだけれども
問題は消えること無く常に色々なところで起こっている状態が続きました。

そんな時に、今の社長である、岩本亀吉さんが入ってきてくれたのです。
岩本亀吉さんは運送会社でトラックの運転手として35年つとめてた人。

デリバリングでの業務はパソコンを駆使し、
インターネットでの物の流れが分からないと難しいので
慣れて全体を把握するのまではとても時間がかかったかと思います。

毎日、毎日パソコンのキーボードを指で1つずつ押しながら、両手打ちを練習し、
ネット検索の仕方から、取引会社との流れから本当に文字通り「ゼロ」からの出発で、
何十歳も下の若い子に頭を下げ、色々と聞いてメモしていたり、
毎日最後まで残って掃除をきちんとしていた姿に、
周りも少しずつ変わってきました。

その様子をみて私自身もこの事業部は、法人化した方が大きく伸びるのでは?と思い、
周りの人に意見をもとめ相談しても、
今ある会社を2社に分社するなんて、税金を2倍払う事になるし経理上ややこしいから
やめた方がいいというご意見ばかり。。。

私としてはデリバリングとしての知名度が上がってきているので
絶対に法人格を持った方がいいと思い、それからも色んな方々に会っては
根気よく相談していきました。

今では、会社を事業部ごとに作るのは珍しい事ではないのですが、
当時私の周りにはそういう人が居なくて、やっとのことでご相談出来る方にお会いできた時は、
思い立ってから既に1年ほど経過していました。

それからは、早かったですねー(笑)

すべて時期を決めて段取りを組んでいき、
事務所も更に狭くなったので東大阪の工場地帯に何度も見に行っては、
決定するまでに3ヶ月。

そして決定してからは、2ヶ月かけて大改造。
1階だった事務所を2階建てに。

完成した時には不動産屋さんも写真を撮りにきたほど、ビックリされました。
これが今の東大阪の事務所なのですが、
ここに移ってきてからは、更に機械を数台導入し
社員も増え、保管場所も増え管理体制も複雑になったにも関わらず、
ホントなら経営者としてもしんどくなるはずなんですが、
逆に実務から段々と離れていくようになっていき、
外に出る事が多くなってきたのもあり、
会社には、出社する日が1週間に1回ぐらいになってきました。

そうなる事が出来たのも、
岩本亀吉さんが毎日会社で大番頭をやってくれていたからなのです。

お客さんも増えてくるとクレームも増えてきます。
ひどい時は、「社長出せ~~!」といったものもあります。

そういった事にも全部対応してくれていて、
私は出社した時に色々と事後報告をうけるという流れになっていきました。

このころですね。
もうそろそろだなと自分の退陣を意識しはじめたのは。
そして2011年に副社長をお願いしました。

すぐにでも社長ができる人だと思っていたのですが、
ものごとにはすべてタイミングがあると思っていますし、
任された方がシンドくならない方法が一番だと思っていたので
もうまったく私が会社に居なくても運営できている会社になったのを感じた
今年の8月に代表取締役に就任していただきました。

そういった流れでの代表交代です。

今日の代表就任の挨拶にて、、

「創業者の井後の【企業の女房役】という思いを引き継ぎ、
印刷&配送&電子書籍の三本柱で日本一の会社を目指し、
社会に必要とされる会社になれるよう精進しますのでよろしくお願いします!」


と岩本亀吉さんスピーチ。

もう、感動しましたね。何もいうことはありません。
安心してお任せさせていただくことができました。

創業者は、とにかく思いだけ強くて
岩をも通す勢いだけは抜群なのですが、管理だとかは苦手な人が多いです。

どちらかというと私もそのひとりなのですが、託せる人が現れた場合は
タイミングを考慮し、身内や年齢や性別など関係なく託したいと思っていました。

会社は思いの結晶だと思っています。

一代で終わらせるのではなく、先代からの思いの文化と共に
後世に引き継ぎながら、何百年も続いてほしいと思っています。

そういったことから今回は、1つのバトンを引き継いだという感じですね。

細かいことまでいつも考えてくれるちょっと照れ屋さんな岩本亀吉社長率いる
デリバリング株式会社を今後ともどうぞよろしくお願いします。

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